法の支配を守る

 

 明けまして おめでとうございます。

 今年も枚数を限定しましたが、年賀状を出しました。

 年末に年賀状のデザイン本を買ってきて、デザインや文面を考えるのは、それなりに楽しいので、今後も枚数はともかくとして、年賀状仕舞いをせず、続けたいと思います。

 さて、今年は年初から紛争、暴動と話題に尽きませんが、軸足を維持し、気候変動の話題から始めたいと思います。

 気候変動に対する対策は、根気強く、また地道な計画のみが功を奏します。

遙か5500年以上前、大規模灌漑に成功し、大文明を築いた肥沃な三角州を抱えるメソポタミアは、モヘンジョ・ダロ(おそらく、ヘロドトスにインドと呼ばれた地)、エジプトに小麦の産地を広げたにも関わらず、今ではすべて砂漠となりました。そして、長く続いたシュメール文明は滅び、シュメールとの交易を一手に担っていたギリシャ文明と総括される文明圏を巻き込んで、広範囲な戦乱の世に突入しました。

 戦乱の原因は、モヘンジョ・ダロ周辺 及び 中東圏一帯の渇水化と塩害、それに伴う穀物生産量の減少、その結果として交易量の減少。つまり穀物の生産総量の減少の中でパイの奪い合いをして、数多くの国が勃興しては衰退を繰り返し、最終的に、中東圏外からの外圧というべきローマ帝国の侵入を許すほど、地域全体の力が減少するのが、2000年前の話。

 2000年前で、社会が進歩した現代と異なると侮ることなかれ。

 数年前にハイドン作のジュリアス・シーザーのオペラを見たのですが、どきっとしました。ハイドンは、ドイツ選帝侯お抱えの音楽家として、選帝侯がイングランド王になると、選帝侯とともに異国イギリスの地に移り住んだ経緯があり、歌劇といえども、ドイツ選帝侯のイギリス国民に対する扱いを表明する政治的配慮もあるのでしょう。

 物語はギリシャ系の王朝であるクレオパトラの手引きによって(もっとも既にシリア王国の女王であったそうですが。)、権力者シーザーが権力闘争に打ち勝つ中で、(ローマの法でも)「仇討ちは天下御免」(以外の殺人は御法度)とか、「このメダルを見せれば、ガレー船の権利者と証明できる」(からガレー船を譲渡は妨げられない)など、高らかに歌い上げていく。(メダルとは、おそらく印章のことだと思いますが、当時のイギリスに印章文化がなく、このような表現になったのかも知れません。日本でいう紋所に近い発想でしょうか)

 つまり、2000年前のクレオパトラの時代は、確かにガレー船の数により、海上戦を制する者が支配者になる状況だったのかも知れませんが、それでも、まだ、印章によりガレー船の権利譲渡がなされる程度には、また、むやみな殺害を禁じる法が確立している程度には、法の支配が行き届いていたということです。転じて、このイギリスの大衆向けのオペラは、ドイツ選帝侯がイギリスで現地法に従い法の支配を守るアピールの意味もあったのかも知れません。

 (ちなみに、今までがっつり判子文化にあった法曹界ですが、法改正により今年から、少なくとも民事事件については提出書類に押印が不要になります。ただ、この判子文化は、日常生活で言えば、実印を押す際に、「一歩立ち止まって考える」ことができる効果があり、再確認・自省の機会を与えてくれるという意味で、非常に意味があると考えています。個人的には、継続的契約や、単発の、取引金額が高くない契約であればともかく、およそ契約書でのクラウドサインはお勧めできません。こんなことではなかったとことから始まるトラブルが生じやすいからです。)。

 しかし、結局は、国力の低下により、ローマに制圧されてしまいます。

 

 では、今、この2000年前の出来事をどう教訓化するか。

 長期戦略としては、渇水化防止、気候変動防止ということになり、短期的には農産物の生産量の維持(サステナブルということでしょうか。)ということになります。もろもろの技術革命は人の生死に直結しないが、種の生存には直結するわけです。

 昨年は、千島列島の北で発生した地震による津波により、多少は夏の気温が下がるのかと思っていたら、西からの季節風の熱風が凄すぎて、影響を受けず、地震の恩恵を受けたのはアメリカ西海岸とその先でした。実際、昨年西海岸では、ピタリとその手の話題がなくなりました。もちろん、この恩恵はせいぜい数年のことですし、どこの地域でも、気候変動対策をしないと地域の渇水化は回避できません。

 世界のいくつかの地域で発生している紛争の原因は、農産物の生産量や、水の保有量が落ち、抱える人口を養えなくなったため発生した、生存競争の一面があると思われます。

 その時は、好むと好まざると人は戦乱に身を落とさざるを得ないことになり、人口が減少した暁に、ようやく戦乱は終息します。

 しかし、真の問題は何か、常に考えなければ、ここ数百年築き上げてきたはずの国際公法を一瞬で無にする国の、脅しのような言動に屈することになりますし、問題の根本から更に遠のく結果になります。

 もちろん、戦争はそれだけではなく、いいのか悪いのか、信念を持って戦争をし、失脚死亡などで、国家元首の交代がなければ終わらないと思われる戦争もあります。戦争のために戦争をしているわけですから、これは反面教師としなければなりません。

 今なら渇水対策をしてやり直しできるか可能性があるのだから、東アジア全体で、大胆な施策を行うべきです。もともと、アジアは、世界人口の6割を要する豊かな地域です。これは決して偶然の産物ではなく、それなりに地域の特色に根ざした第一次産業の育成と発展の成果だと思います。軍事力ではなく。

 ここで、戦乱を迎えて、そのまま人口減少するまで、戦乱を続けるのか、一歩踏みとどまって、地域全体の状態維持に取り組むのかは、すぐに決断しなければならないところまで来ているのかも知れません。

 夏の西の熱風には勝てません。せめて、夏の間だけ、大陸でコロナ禍期並に大気中のエネルギー放出量を抑制してくれれば、今年のようにはならないと思うのですが。最近は、中国でもスケールメリットを追求せずに価格単価を抑える工夫をしているようなので、効率化が進むことを期待したいと思います。

 11月も終わりになって、ようやく銀杏や紅葉やケヤキ、桜が紅葉の時期を迎え、1月になっても青い葉が残っているポプラ並木の木があるのは、ここ数年の現象です。ユーラシア大陸の外れの極東地域でも、大陸やアジアの熱波の影響は避けられません。

 そのためには、まずは、植生の見直しです。生産農業は単年度生産を軸とするので、変化に強いですが、雑木林の変更は、一朝一夕にはできません。もちろん、森に棲む動植物はそれが待てません。熊被害は、食物連鎖の頂点の動物の生態で発生したことではありますが、気候変動が、自然全体に大きな影響を及ぼしたことを認識し、人間がどのように関与していけばいいのが、自然保護と言われてきた自然に対する関わり方を変えていく必要が出てきています。

 

 今年も、ぼちぼちとアップしていければと思っています。

 

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